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最高裁判所第二小法廷 昭和40年(オ)1165号 判決 1968年11月15日

上告人 別府次郎 外一名

被上告人 国

代理人青木義人 外二名

主文

原判決中、金員支払請求に関する部分を破棄し、右部分を福岡高等裁判所に差し戻す。

その余の請求に関する部分の上告を棄却する。

前項の上告費用は、上告人両名の連帯負担とする。

理由

上告代理人諫山博の上告理由第一点ないし第五点第七点について。

原判決(その引用する第一審判決を含む。以下同じ。)が、その挙示の証拠のもとにおいて、上告人らにおいて本件土地の占有を有するとはいえないとした結論は、当審も、これを正当として是認することができる。

また、上告人らのいう小作権が、かりに所論のような主張する事実関係にあつたとしても、前記のように上告人らにおいて、本件土地の占有を有しない以上(本件小作権が登記されていることは上告人らにおいて主張していない)、本件小作権をもつて、物権または、妨害排除請求権の行使を認められるべき性質の債権とも解することはできない。

したがつて上告人らの本件土地の明渡請求を排斥した原審の判断は、結局、正当である。

本件土地明渡請求に関する所論(なお、違憲をいう部分の論旨は前提を欠く)は、いずれも採用しがたい。

ところで、原判決は、その確定した事実関係、とくに昭和一九年二月一五日軍が本件土地を含む板付地区の土地を飛行場用地として被上告人石飛、同日下部らの土地所有者から買収した際、その土地所有者と小作人らが軍との間に、土地所有者と小作人らとの間の小作契約は右両者間において合意の上解除し、土地所有者と軍との間においては該土地を軍に売り渡す、右土地売買代金並びに小作契約の合意解除に伴い小作人に支払うべき離作料は、ともに、軍が定める基準に従つて軍から土地所有者ならびに小作人にこれが支払をする旨の契約が成立し、軍は、右契約にもとづいて板付地区の農地の離作料として本件土地を含む右農地の小作人に対し反当り田について金九〇円畑については金六〇円の各割合によつてこれを支払うこととなり、同一九年二月二二日上告人ら小作人の代理人である吉岡卯兵衛に対し、右の割合による離作料の支払をしたが、被上告人ら土地所有者に対する土地代金については、軍は国への土地所有権移転登記手続がなされた後に支払うことにしていたところ、本件土地を含む板付地区の土地については国への土地所有権移転登記がなされないうちに、同二〇年八月一五日終戦となり、遂に被上告人ら土地所有者への土地売買代金は支払われないままとなつた。そして、軍が離作料として小作人らに支払つた前記金額は、福岡県下の一般の慣行に比して相当低額であつたが、全国基準にしたがつたものであつて当時いわゆる国家総動員の建前の下に物心両面の犠牲的行為が要請されていた状勢を考慮すると、右金員が低いからといつて、小作権放棄の代償たる性質を有しないということはいえない旨を説示して、結局、同一九年二月一五日軍が板付地区の土地を買収した際、被上告人石飛、同日下部らの土地所有者と被上告人ら小作人との間の小作契約が合意のうえ解除された旨を判示する。

しかし、原判決の判文に徴すると小作契約が合意により解除されたかどうかは、小作人らに支払われた金員の性質が、原判示のいうように小作権放棄の代償たる離作料か、それとも軍が一方的にきめた立毛の補償料に過ぎないものかが重要な関連を有すると解されるのであるが、原判決は、<証拠省略>を引用して前記のように右「離作料」は相当低額であつたけれども、当時の状勢を考えると小作権放棄の代償たる性質を有しないとはいえないと判示している。しかしながら、軍が本件土地を買収した当時においても、一般に離作料はその土地の価格(本件土地は反当り約金八八五円)の約三〇%ないし五〇%である事実をうかがわしめる各種の証拠<証拠省略>があり、もしこの事実が認められるならば、当時、戦局いよいよ緊迫し国民に物心両面の犠牲が求められていた当時の事情のもとにあつても、土地所有者には一般の取引価格に相当する土地代金の交付が予定されているにもかかわらず小作人らのみが通常の離作料の三分の一弱ないし五分の一の金員を受領しただけで、その全生活がよつてたつ唯一もしくは最大の基礎ともいうべき耕作権を完全かつ無条件に放棄したというのには、特段の事情の存在が必要であると思われる(本件離作料については、一時的または一年間の稲作補償的な見舞金の性質である趣旨の証拠も相当ある。たとえば<証拠省略>ところ、原判決は、これらの特別事情の存否になんら言及することなく、かつ前示各証拠を排斥する理由を明示しないで、前記の証拠だけから、本件「離作料」の支払の一事をもつて小作権を放棄したものだと判示したのは、は重要な証拠の採否について判断をせず、その結果、審理不尽、理由不備の違法をおかしたものというのを相当とすべく、この点の違法をいう論旨は理由があり、上告人らの金員支払請求を排斥した部分の原判決は、他の論旨について判断するまでもなく、破棄を免れない。

よつて、原判決中、金員支払請求に関する部分の論旨は理由があるから、右部分を破棄して、これを原審に差し戻し、土地明渡請求に関する部分の論旨は理由がないから、これを棄却し、右部分上告費用は、上告人の両名に連帯負担させることとし、民訴法四〇七条、三九六条、三八四条、九五条、九三条、八九条に従い裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判官 奥野健一 草鹿浅之介 城戸芳彦 石田和外 色川幸太郎)

上告理由<省略>

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